ななつ星イン九州

とあるゴルフ帰りの日曜日。
妻がすこぶる機嫌が良い。ゴルフに行った日の夕ご飯はカレーか隣のスーパーのお惣菜となることが多いのだが、珍しくしっかり手作りで、一品多いぐらいだ。
食後に妻が「あなた~、当たったの!何だと思う?」(注:普段妻は私のことをあなたとは絶対に言わないが、ここは演出上許容願いたい)
と甘い声で聞いてくる。
普段、妻からの質問は冷や汗が出ることが多いのだが、この上機嫌ぶりには全く見覚えがないので余計不気味である。

「いや、全くわからん」と私。

「ななつ星(クルーズトレイン)が当たりました!」「いや~ん、嬉し~( ´艸`)」と喜ぶ妻。

私「・・・・・」(妻のはしゃぎっぷりが怖い)

そういえば半年ぐらい前にyoutubeで「ななつ星」の動画を見た後、酔った勢いで何も考えずに抽選に応募したっけ。

ま、なんにせよ抽選で当たったことは目出たいことだ(実は応募は2回目)。
で、いくらするのと私が尋ねる。
「ジャーン、スイートDX・Bで〇〇万円でーす。」と妻
私「#&%@え、円!!」「ふ、二人で?」
妻「一人に決まってるじゃない!」
一泊二日で〇〇万円。松江に泊まるときにルートインが7,000円超えたと大騒ぎしている私が〇〇円だと。もう狂気の沙汰としか思えない。こうなったらいかに夫の威厳を保ちつつ、妻にあきらめさせるか、いや、ここは頑張って死ぬ気で妻孝行するか・・・。

「ねえ、あなたどうする?申し込んじゃってイイ?」といつになく甘え声でささやいてくる。ここで否定的なことを言えば、生涯レトルトご飯になりかねない。ここはやるしかないのだ。

妻に決死の覚悟でOKを告げた数日後。JR九州からななつ星の冠をまとった仰々しい封筒が到着。
普段、旅の日程は私が決めるのであるが、今回ばかりは妻主導。

「ねえ、ラウンジはスマートカジュアルだって!」「夕食は正装って書いてあるわよ。女性はドレスだって💛」「買っちゃおうかな~」
もう、えらい出費である・・・。

そんな、こんなで「ななつ星」準備に明け暮れた数か月。SDGs(別名ケチ)な私としてはいかに元を取るかだけに全集中。高い酒だけをマーク済みである。妻は担当のS山さんと服装の相談や、当日の旅行行程などいろいろ打ち合わせをしている模様。さすがに高いだけに担当があらかじめつくんですな。

さて、出発前日。前乗りで博多駅近くのホテルに泊まることに。
当日の朝は、担当さんがホテルのロビーまでお迎えに来てくれるという(となると博多での私の定宿のカプセルってわけにはいかない)。
ロビーに降りるエレベータ―のボタンを押すときは妻はウキウキしていたが、私の頭の中はほら貝が鳴り響き「いざ、出陣じゃ~」状態。
ロビーにはJR九州の真白の素敵なスーツを着たお譲さんが登場。案内をしてくれることになり3階の特別ラウンジにあんなにされる頃はテンション爆上がりでしたな。

ラウンジではあれもこれもそれもどれも飲んで食べるつもりであったが、妻の監視といつも以上に上品な雰囲気にのまれて食が進まない。それに加え、乗客代表で朝の挨拶を頼まれることに。しゃべるのは得意ではあるがなにせ今日は傍に妻がいる。本来ではウケを狙って、出発を遅らせるぐらい長々と話したいところではあるが、それをやると私の身が危ない。
妻からは「何を、しゃべるつもり」とばかりに鋭い眼光が向けられ添削を余儀なくさせられることと。
結局は可もなく不可もないしゃべりに終わりやっと出発。一組一組が担当さんに連れられお部屋に通されたのだが、わかってはいたが博多駅にはたくさんの人がいる。ななつ星もだいぶこなれたとはいえ、多くのカメラマンさん(てっちゃん)のシャッターの砲火をあびることになり、陛下ばりなお手ふりを実行するのである。

予定の時刻より30分ほど遅れたやっと出発。その間「てっちゃん」の好奇の目に触れることになったが、これもななつ星に乗る乗客の責務としよう。
出発そうそうDXルームのわれわれは抹茶ルームに案内されることとなる。
普段お茶のたしなみのない私にとって抹茶や煎茶のお違いもわからないのではあるのだが、めったにない機会と思い楽しむこととする。
さすがに煎茶10段という茶師のお手前を味わうのだが、茶室という特別な雰囲気にのまれ、落ち着かない。玉露が何かさえ知らない私ではあったが高そうな味であることは分かった。

その後は間髪入れず職人による組子のお話を聞くこととなる。さして興味のない話ではあったがここは勉強と思って聞き入ることにした。何せ貧乏性の私である。催されるイベントは全部参加せねば気が済まない。そのことが苦痛であってもイベントには出てしまう。悲しい性である。

そしていよいよお待ちかねのお昼ごはんである。
博多の名店、やま中のお寿司。期待に胸が膨らむが、銘酒も飲み放題ということで最初の日本酒で早くも味が分からなくなってしまう。この後は妻のおにぎりでも美味いと食べたことだろう。
ななつ星ではレストランごとに各職人さんが来てお食事を作ってくださる。今回も山中さんの職人さんが来ていただき、直にお寿司を握って下さってる。まずいわけはないしこのゴージャスな雰囲気である。胸も頭もいっぱいいっぱいでいろんなとこが酔っ払ってきた。今にして思えばもっとじっくりお名店のお寿司を味わえばよかったと後悔している。

この後にはラウンジカーでいぐさあみで鍋敷き作り体験である。妻は張り切っていたが、私はあえて下手に編んで井草編み名人の方の教えを請うことにした。妻は上手に編めたと喜んでいたが、あえて下手に編むことで名人の出番を作ってあげる私の奥深さはまだ彼女には分からないのだろう。

次は最初のエクスカーション。ななつ星バスに乗って脇元海岸散策となった。ここはウミガメの産卵で有名なところである。地域の方によって海ガメの産卵の方は保護されておりそのことのお話を地域の方からお伺いすることは非常に有意義であった。
海岸自体は我が持石海岸のほうが雄大であるし、松林においては隣の大塚の松林の方が余程綺麗ではあるが、地元の方の熱い歓迎ぶりに感謝し日常の喧騒離れた特別な時間となった。

散策後はななつ星バスにより脇元海岸沿いの国道を走り、しばしバスの旅行を楽しむのである。
バスの隣では専属のカメラマンさんと一緒となり、カメラマンさんなりの苦労やカメラのビューポイントなど教えていただいた。後でカメラマンさんの写真を見てみたがやはり私が取るボンクラ写真とは数段違って私も妻も俳優のような写真を見せていただき感動した。

30年前はこのあたりの阿久根市内の歯医者に少しばかりお手伝いに来たもので、妻と30年前に近くの出水の鶴を見たのもいい思い出あった。まさか30年後にこうして妻とクルーズトレインに乗ってこの地に帰ってこれるとも思いもしなかった。
あの頃の忙しくお金のない自分に今の自分を見せてやりたいものである。

バスは牛ノ浜駅に到着。待っていたななつぼし列車に乗り換える。
このななつ星バスは特別あしらえで、非常に綺麗であり、ななつ星同様至るところに組子が用いられており、豪華である。座席も非常にゆったりであったがどうしても学生の頃の思い出か一番最後尾を取ってしまうのが悪い癖である。

その後はいよいよアペリティフタイムである。
正装と聞いていたので海岸から上がってシャワーを浴び妻とラウンジに向かった。
妻と正装して夕食を食べるなど滅多にない機会なので少しばかり戸惑ったが、いい機会と思い楽しむこととした。正装した二人を見ると二谷英明さんと白川由美さんのフルムーン旅行を思い出す(ちなみにこの時の二谷英明さんのCMが流れていた時のお歳と今現在の私の年齢が近いことに愕然とする)。
アペリティフは特別バーのKAZUバーにて行われる。このバーは写真撮影禁止で特別感がある。
KAZUバーではDXルームの私たちのお隣さんとお話ができたが、お隣さんはお一人で参加であった。この青年?は一人で参加であり、念願の旅行で、一世一代の旅らしい。聞くとやっぱりテッチャンでわざわざ東京からお見えのことである。余談ではあるがお一人様はもう1組おり、その方は千葉からお出でであった。僕から見ればいかにも「てっちゃん」風ではあったがこのてっちゃん同士で仲良くお話すればいいと思いつつ、2人でしゃべっている姿を見られなかったのは残念であった。ここはおせっかいな私が仲人してあげても良かったのでは、と今は後悔している。

夕食は鹿児島の名店ベルフランスさんによる豪華フレンチではあった。周りの方にご迷惑をかけていけないと思い、再放送であるグランメゾン東京見てマナーを勉強した。
スタッフの方の丁寧な料理のお話と、ソムリエによるワインの話またカメラマンの期待に応え笑顔ふりまいている慌ただしい時間となったが特別な時間でもあった。
最後のフルボディの赤ワインが効いたのか妻も私もフラフラで部屋に戻ることになる。

10時からラウンジカーではラウンジタイムとなる。ピアノやフルートの生演奏、各テーブルにおけるテーブルマジシャンのマジック披露など盛りだくさんである。妻も私もベッドからはい出せる状態ではなかったが、なんとか10時に妻をたたき起こし、妻も貞子ばりにベッドはい出すのであった。
ラウンジではテーブルマジシャンのマジックに驚き、また念願であった一蘭との共同開発の塩ラーメンをいただくことができた。
どうやって部屋に帰ったか覚えてはいないが、やはり列車の旅の夜は深くは眠れないものである。お酒の力を借りても時々目が覚めて、またベッドの狭さも相まって深く眠り込めることはなかった。

翌朝は延岡での一時間の休憩があり、旅のときは時間があればランニングをするので、今回もそのランニングの予定でシューズなどは持参した。ランニングすることで朝ご飯も美味しく食べられまたビールも美味しく飲めるという寸法だ。駅を出かけに、若い女性スタッフに「ランニングですか、素敵ですね💛」と言われ必要以上に走ることとなり、やっとの思いで発車時間に間に合った。

朝ご飯には宮崎でしか飲めない宮崎の地ビールをいただき非常に特別な時間となった。
内容はスタンダードな洋食モーニングといった体ではあるが、動く列車のなかで車窓を見ながらの食事は別格である。ディナーは日も暮れており、車窓を眺めることもなかったが、朝日を浴びてのビールは最高だ!

朝食後は2日目の散策時間タイムである。2日目は佐伯の街歩きでり、バスに乗ってからの造船ドックの見学であった。また近くのお土産物屋で海産物のを購入をするのであるが小雨ではあったがスタッフの心遣い感じた時間であった。

その後JR日豊本線の最も秘境駅と言われる「宗太郎駅」に到着。秘境と言われてもそれなりな田舎に住んでる我々にとってさして秘境とも思わなかったが滅多に通らない駅に降り立ちななつ星を眺めることは、非日常であった。

いよいよ最後の食事となる大分の名店、若栄屋の鯛茶漬けとなる。この店は漫画「美味しんぼ」に登場する。何巻だったか失念したがコミックの巻頭飾ったらしい。バイアスに弱い私はにとって、不味いわけはない。

この昼食の館に車両の切り替え等があり「てっちゃん」の皆さんは撮影にいそいそ出かけていった。

昼食後は一番最後尾となったラウンジブルームーンにて、わが部屋の担当である児玉さんとひとしきり歓談ができた。
その中で、ななつ星のスタッフの皆様の熱い思いを知ることができ、この旅のスタッフの熱い思いを感じ取れた。
児玉さんのお勧めのお酒をいただいて、酩酊状態となり、妻にラウンジを譲り部屋で一旦休憩をとることになった。

16時からはスタッフによる「さよならの会」の始まりである。
ピアノ演奏やフルートの生演奏そしてスライドショーなどが催され胸が熱くなる自分にびっくりした。
お隣のお客さんが「この旅はプライスレスですね」といったことが非常に印象的である。この旅行が万人にとって勧められるかどうかはわからないが、誰かが行くと聞けばすごくいい旅ですよとお伝えしたい。
もともと貧乏性でプロレタリアートな私にとって、どうやって元を取るかとばかり考えていたのだが、最後には元を取るという願望よりもスタッフのホスピタリティや旅の意味を感じている私らしからぬ感情が芽生えていたことにとても驚く。
到着後はラウンジ金星でこの旅で少しお話ができるようになった高知からお見えになったI井さんやおひとりで来ていたA田さんと別れを告げ博多駅を後にするのであった。このななつ星による旅で、めったに味わえない機会を得たことは自分の人生の財産となったことは確かである。

このブログをJR九州の皆さんが見ることはないと思うのだが改めてスタッフの皆さんに謝意を表したい。ちなみに家に着いたとたんに3泊4日の雲仙の旅が案内が来ていたJRの営業力見習いたいものである。