40年の時を超えて。横川、再来。

人生、何が起こるかわからない。 この春、わが家の「危なっかしい大賞」を独走してきた次男が、ついに社会人として巣立っていった。

本人は住み慣れた関西が良かったようだが、親の(強力な)意向を汲んで、行き先は広島に。 そして驚いたのは、会社が用意してくれたマンションの場所だ。 なんと、私が40年前に住んでいた**「横川駅」**周辺ではないか!

40年前、私が泥臭く(?)過ごしたあの街に、今度は息子が。 懐かしさと感慨に浸る私の横で、妻はというと……。

4年前に西宮で繰り広げた「引越し大戦争」の記憶も新しいが、今回も妻のエンジンは全開だ。 「あれも必要、これも足りない」と、まるで修学旅行の付き添いのごとく楽しそうに世話を焼いている。 もはや引越しのプロというか、もはや趣味の領域である。

それにしても、今の企業の福利厚生には腰が抜けた。 新人が住むにはもったいないほどの立派なマンション。 私の若かりし頃の「四畳半一間、風呂なし(?)生活」を語ろうものなら、「いつの時代の話?」と一蹴されるのがオチだろう。

聞けば、配属先には同期が7人もいるらしい。 しかも全員、次男より偏差値の高い大学出身とのこと。 ……大丈夫か、次男。

親から見れば、彼の持ち味は「底抜けの能天気」と「自分はできるという壮大な勘違い」のみ。 だが、案外そのセットがあれば、高偏差値なエリートたちに囲まれても、柳に風と受け流して生き残るのかもしれない。

「まだまだ親の脛(すね)をかじる気満々だよ!」と言わんばかりの明るさで広島へ向かった彼だが、いつの間にか脛が細くなる前に、しっかり自立してほしいものだ。

さて、来年は長女の引越しも控えている。 妻の馬力はさらに上がりそうだが、子供たちが一人、また一人と家を空けていくのは、頼もしくもあり、やはり少しだけ、いや、結構寂しいものである。

とりあえず、次回の広島訪問では、40年前の思い出の味でも探しに行ってみようか。 がんばれよ、新米銀行員!